病院内、一人で迎えたクリスマスだった。
しかし、病院食は小さいケーキや鶏カラがでるクリスマスバージョンとなり
一人ぼっちのクリスマスをそれなりに楽しんだ。
クリスマスプレゼントがあった、会社から1本の電話があり、そこからのスタート。
労働力確保と国際貢献の一環で8年以上前から中国人の女性実習生を受け入れている。
毎年、3人ずつ入れ3年後に帰省する。
来年7月に実習制度を完了し帰省予定だったM。日本での生活も、もう2年半すぎた。
前々から人付合いが苦手な様で喧嘩することもあった。
それでも僕らは見放さず、平等に過ごしてきたつもりだ。
いろんな思い出もつくった。いろんな所へ出かけた。
だが、僕が入院したとたん、体の不調を訴え会社を休んでいたという。
皆で話を聞こうと集まり本国送還も含め話をしたようだ。
本人曰く「過酷な労働を強いられ体が言うことをきかない。」そんな内容で始まり
賠償を請求してきた。みーんな同じ仕事をしてきた。
確かに過酷だ、しかし男も女も皆同じ仕事だ。
その中でみんな何かしらのやりがいをもって生活しているのだから・・・。
でもそこに居合わせたみんな「早く帰らせたい」そう思っていたのか話はMの言い分を
聞き入れ決着した。明日、帰るそうだ。
「これが私の希望だった」彼女は以前より計画していたかのように
同僚の前で言い放ったそうだ。
日本に希望を持ち真面目に頑張っている中国の同僚たちは
呆れてモノも言いたくなかったようだ。Mの言葉だけが誰にも理解されないまま消えていく。
みんな僕が信頼し、妹のように接している。そんな妹から後ろから首を絞められた様な・・。
もし近くで僕が話を聞いていれば彼女を諭すことも出来たかも知れない。
周りもみんな、親代わりとして接してきたつもりだ。何を恨み、何をどうしてほしかったのか?
明日、会うこともなくMは帰っていく。
人はみな、心があると思ってきた。必ず心が理解してくれると信じてきた。
信じられない理解できない人間の存在を初めて知ったクリスマスのプレゼントだった。